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作成日:2001年08月22日、更新日:2004年11月16日 作成:鷹の巣私の実体験に基づいたあまり役に立たない話を書いてみました。
目次
A. カウンタな話(2001年08月22日)
B. 休日な話(2001年08月22日)
C. 正義な話(2001年09月29日)
D. まじめと誠実は違う話(2001年11月10日)
E. 切れ味(2002年07月15日)
F. 因縁(2003年02月08日)
G. 50という数値(2003年02月09日)
Z. あとがき(2004年07月17日)
・盗作Webページの見破り方(2004年07月17日)
・盗作Webページと言われないために(2004年07月25日)
1980年頃の話ですが、立体倉庫の自動制御で、恒温槽の4列15段の箱の中に20個の自動車用部品が入っていました。 この部品は、バッテリ充電用の1個4[A]の定電圧電源です。 自動車内と同じ雰囲気で試験をするため、周囲温度を高温にしたり、点火プラグによるサージ電圧を印加したり、 部品をスイッチングさせるのに直流電源をリップル(脈流)を含む特殊電源にしたりした大掛かりなものです。 なんせ数が1200個ですから、直流電源は、定格電流4800[A]以上が必要で、かなり大きな設備になり、 電源側サージ抑制用のツェナーダイオードも市販品がないため、定格電流100[A]のものを自作したのを覚えています。
当時の制御用のシーケンサは、三菱電機製のワンボードシーケンサでCRタイマと命令語が0から3までの4種類しかありません。 当時のCPUはIntelの8080でカウンタは、INC命令でつくると楽を出来たのですが、このシーケンサでカウンタをつくると、 桁数にもよりますが、100ステップ以上になります。 そこで、制御の一部分をIntelの8080のCPUボードを作っている京都のあるメーカに一式注文したのでした。 その仕様書に0~1999のBCDコードアドレスとビット「1」「0」の合否判定を入力して、1200ビットを記憶し、 X列Y段の箱を取り出した場合、その20個の合否判定を表示するという簡単なものでした。 0~1999の任意の20個の切り出し方として、0~1999を20で割ってその余りが0~19になること、 またその商を段数15で割って、その商が0~3の列数に、その余りが0~14の段数になることなどを書いたことを覚えています。
私としては、Intelの8080のCPUボードにアセンブラで2000ステップ程度の製品が出来上がってくることを期待していました。 ところが、出来上がってきた製品は、カウンタだったんです。(とほほ) 仕様書を事細かに正確に書いた弊害とハードの指定をしていなかったため、全てハードで出来上がってきました。 100KHzの発信器の次段にブリセットカウンタがあり、これに0~1999の任意の数値を入力して、 0~1999までのパルス数を出力し、その先に20でカウントアップするカウンタと15でカウントアップするカウンタと このキャリー信号をカウントするカウンタが直列に構成され、カウンタだらけでした。 割り算をカウンタで作成されたことには、予想外の驚きと敬意をもちましたが、ちょっとガッカリしました。
以上のように、カウンタ一つに私には、思い出があります。 今、私たちのホームページの入り口には、訪問者をカウント(計数)するカウンタが設置されていますが、 このカウンタは、どこまで正確な訪問者数をカウントしているでしょうか。
ブラウザでホームページの入り口ページを表示させ、リロード(再表示)押しボタンを押してカウンタが1個あがりませんか。CGIの設定で、同一IPアドレスの二重カウントを防止しているか。
ロボットが来て、カウンタが1個あがりませんか。CGIの設定で、ある特定ホスト名によるカウントを防止しているか。(これは、完璧には出来ません。ほどほどに。)
ブラウザでページを移動後、カウンタを設置している入り口ページに戻ってきた場合に、カウンタが1個あがりませんか。CGIの設定で、同一IPアドレスの二重カウントを防止していても、他のページを閲覧後にカウンタを設置している入り口ページに戻ってくるまでに他の訪問者の訪問がある場合、カウンタが2個あがりませんか。
フレーム構造で、カウンタを設置している入り口ページを2度とアクセスできなくするか、 ページの構成を工夫する必要があります。 私の場合、フレームを組むと、本文を表示する画面の領域が小さくなるので、フレーム構造にしていませんが、 「目次」(トップページ)の押ボタンを押すと、index.htmlに戻らずにindex.htmlと同じ内容で、カウンタを設置していないtop.htmlに戻るようにしています注)。 (ブラウザの「戻る」ボタンを押されるとダメですが、カウンタだけのためにクッキーを使用するのは、利用者の便宜を損ねます。)
注)2002年06月09日以降は、トップページカウント方式を変更しました。
1990年頃の話ですが、製造番号毎の原価計算のため、平日と休日の時間単価を区別して計算する必要が生じました。 閏年注)には、閏日を挿入して、2月の終わりの日が28日ではなく、29日になります。 これさえ考慮すれば、たいした規則はないので、簡単に出来上がる筈でした。
注)西暦年が4で割り切れる年は、閏年ですが、100で割り切れる年は、閏年ではありません。閏日さえ考慮すれば、日付を簡単に通し番号化(天文学では、ユリウス日:Julian Dateと言います)し、 7で割った余り0~6から曜日を算出し、数値が5と6になる土曜と日曜は、休日にできました。 次は、祝日です。これは、毎年同じ月日が祝日になることから、比較すれば、簡単です。 昭和天皇が崩御されて、みどりの日が祝日になるなどした後ですから、この祝日データは、保守可能なテキストファイルに設定しました。 次に振り替え休日の検出です。祝日が日曜日の場合は、次の日も休日にしました。 当時の言語は、マイクロソフトのQuick Basicとマクロアセンブラを使用しており、引数に日付を与えて、戻り値に休日属性を返す ユーザー関数は、アセンブラのお世話にならずに一応出来上がったのです。
年末で、お客さんに配布するカレンダが刷り上って来たのですが、ここで問題が一つ発生しました。 祝日の「春分の日」と「秋分の日」が違うでは、ありませんか。調べてみると毎年違っていました。 この日から、私は、大阪駅近くの図書館と本屋に通いだしました。 目的は、「春分の日」と「秋分の日」の天文学の軌道を計算をし、200年程度のデータを予め作成し、データを持っておこうと考えたからです。
1週間程してから、ようやく一冊の天文学の本と図書館でめぐり合いました。1980年頃に書かれた本で名前を忘れてしまいましたが、 1980年から2150年までの日の簡易計算式が載っていました。 西暦年をYとし、小数点以下を切り捨て、整数化する関数をINTとおくと、
3月の春分の日= INT [20.8431+0.242194 *(Y-1980)-INT{(Y-1980)÷4}]
9月の秋分の日= INT [23.2488+0.242194 *(Y-1980)-INT{(Y-1980)÷4}]
3月の春分の日= INT [21.8510+0.242194 *(Y-1980)-INT{(Y-1980)÷4}]
9月の秋分の日= INT [24.2488+0.242194 *(Y-1980)-INT{(Y-1980)÷4}]
という式があり、比較的簡単な数式ですから、データを持たずに特定でき、大変助かりました。 発覚しなかったちょっとしたバグでしたが、大変苦労したことを覚えています。
注)上記、数式は、著者の引用許可をとっておりません。
よく掲示板などで見かけるのですが、あまり知識のない人(初心者、タコ=私も含む)が質問した場合、「質問の仕方が悪い」と よく注意を受けます。それは、それで正しいのですが、中には、度を越しているのも見受けられます。 例えば、ホームページをHPと略したりして質問すると、前後の文から類推して、ホームページと理解できるにもかかわらず、 「HPとは何だ」と注意されるんです。 ホームページの意味は、日本の Linux 情報の「ホームページ」やウェブページ推進運動の「home pageとは何か」に 示されている通りなのですが、質問した内容よりも「HPとは何だ」ということになってしまいます。
私は、宗教関係者ではないので゜、細部は間違っているかもしれませんが、例をあげますと、 インドの神様で帝釈天(たいしゃくてん:戦いの神)と阿修羅(あしゅら:正義の神)がいました。 帝釈天が阿修羅の愛娘を略奪したため、これに怒った阿修羅は、帝釈天に戦いを挑みます。 ところが相手は、「戦いの神」ですから、何度戦いを挑んでも負けてしまいます。 それでも阿修羅は、執念深く戦いを挑み続けます。
ある時、めずらしく阿修羅は勝利し、帝釈天軍は敗走するのですが、 敗走している最中にふと足元を見ると、蟻の行列がいました。帝釈天は、この蟻を踏まないよう、退却するのを止めます。 このように自軍が敗走している最中でも帝釈天には、無用な殺生せず、戦いの本質とは何かを考える余裕があったのでした。 (この話の正確な内容は、「カタナ」の出典のあしゅら(阿修羅)と思いやりのない正義は阿修羅の正義!をご参照願います。)
このことがあってから、殺生を嫌う仏法では、帝釈天は、「仏法の守護神」となり、阿修羅は、「悪神」となったのでした。 後に阿修羅も「仏法の守護神」となるのですが、しばらくは、「悪神」のままでした。
私がこの話から、言いたいのは、最初は愛娘を略奪した帝釈天が悪くとも「正義」をなりふり構わず振り回し、戦いに勝った阿修羅が 「悪神」になったことです。 「永遠の正義はない。」と言えるでしょうし、また、言葉に「永遠の規定や規格はない」と言えるでしょう。
黒柳徹子さんや大橋巨船さん等の英語をちょっと喋る方が日本語化した「カメラ」のことを「キャメラ」と発音しているのを聞くと、 ちょっと違和感を覚えます。お菓子のカステラ(ポルトガル語のCastella)のことを「キャステラ」と言っているのか心配したくなります。 自分の知っているところだけ知識を披露していなければ良いのですが。
言葉というのは、生きているんですから、永遠の定義や規定はありえませんし、ましてや語源や厳密な定義などを質問者に強要するのは、如何なものでしょうか。 ことばの散歩道さんのなぜ音読みが幾通りもあるのか?や月光天文台ホームページさんのjapanを読むとわかりますが、現在の日本人の漢字の発音は、1000年以上も前の中国の漢音と呉音を忠実に守っています。 これをもって日本人が現代の中国人に対して「あなた方の発音は、正しくない」と言えるでしょうか。
私は、初心者(私も含む)がFAQ(質疑応答書)をよく読まずに又、質問内容がよくわからない質問をしているのにもかかわらず、辛抱強く丁寧に回答されている掲示板を沢山知っています。 また、多少、用語の使用方法が不適切でも前後の文章から判断して、質問に回答されているところも沢山知っています。このような良心的な回答者は、初心者が質問する際に萎縮しないように又、誰でも最初は初心者であるということを理解されているようです。
言葉というのは、常に変化しています。もちろん、専門的には、ある一つのことを指すのに共通の言葉や単語を必要とするのは、認めます。しかし、初心者にちょっと注意をしたり、アドバイスをする程度なら、それは望ましいことで、問題視はしませんが、大上段に振りかざして、正義の御旗を振って、バッサリやるような真似はして欲しくないのです。程度問題なんですが。初心者をとやかく言う人は、どうも相手を見て物を言っているような気がします。 そんな人は、「ディレクトリ」のことを「フォルダ」とか言い出したマイクロソフトさんにまず苦情を言ってください。 自分の正義の枠に相手を引きずり込むと、阿修羅となり、健全な科学技術の発展を阻害しますよ。
1995年1月17日午前5時46分激しい揺れで目覚めた。兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)だ。 淡路や神戸から西宮にかけての一部では、震度7で、大阪北部の私の家でも震度6に近い大震災だった。 交通がしゃ断されているため、会社には出勤できずにテレビからの映像にかじりついた。なんとも言えない気分だった。
翌日、早くも交通が再開されたので、会社に出勤することにした。 地下鉄の中で、髪を茶髪に染めた、社会人らしいが、だらしない格好をした若者がいて、友人にちょっと大き目の声で力強く喋っていた。 「おいら(僕達)は、会社に出勤して、仕事なんかしとっていいんか。神戸に行って何か助けんでもいいんか。」 私は、内心、そうだ。そうだ。君は、なかなか良いこと言うな。と思いつつ、山積みになった仕事を片付けに会社に出勤した。 正直に言って、仕事なんかもうどうでも良かった。
会社に出勤してみると、震災当日に出勤した者がいた。前出の茶髪に染めた若者と同世代の若者で、 私同様、背広とネクタイをして身なりは、きちんとしている。 そして、自分が如何に昨日(震災当日)出勤するのが、大変だったのかを自慢しだした。 交通がしゃ断されている部分的な箇所は、何と2時間半もかけて歩き、出勤したのが午後2時ぐらいだったこと等を延々と喋っていた。
会社に対して、忠誠心をもっており、実にまじめな若者だ。しかし、そっぽを向きたい気分になった。 私には地下鉄の中で、力強く喋っていた若者のあの誠実な心から発した言葉が忘れられない。昔の歌で恐縮ですが、水前寺清子の「ボロは着てても心は錦(にしき)」と言ったところでしょうか。外見で人を見るような偏狭な見方をしたくはないものだとつくづく思いました。
私も、反省を込めて、この話を書いております。仕事に忙殺されて、結局神戸にボランティアに行けずじまい。やった事と言えば、なけなしの小遣いから毎月1万円を寄付し続けただけだった。震災にあった人のことを考えると大好きな釣りも3年間くらいは、行く気にならなかった。まじめで誠実というのが理想ですが、これがかい離している場合が、少なからず見受けられます。なりふり構わず、変な目的意識を持ってまじめにやろうとすると、一番大切な所に大穴が開いていることは、よくあるものです。
あるOSを比べると
さて、表面的な書面に惑わされない貴方なら、どちらを選びますか?
ある教育関係のサイトで、日本人であるにもかかわらず、下手糞な英語ばかり使って書いているのを見て、ちょっとうんざりしました。 こういう人は、「May I have your name?」(ご尊名は、何と申されますか。)と聞かれたら、「My name is Taro Yamada.」 (山田太郎と申します。)と何も考えずに答えるんだろうなと勝手に思いました。 私は、手振りを交えながら、日本語で答えますが、敢えて英語で、答えますと、「My name is Yamada Taro.」と答えます。名は体を表す。 ここは、一番重要な部分であって、姓名(Full name)を言うのに、名(Name)を姓(Family name)より先に言うことはないというのが、 私の考えです。このサイト(第103回『「名前は?」と「どちら様ですか?」』)の様な有用なサイトも拝見しましたが、 日本の英語教育では、「My name is Taro Yamada.」で、教えている悲しい現実があります。
英語というのは、会話の道具であって、相手に合わせるということも重要なことですが、欧米に同化させるものではありません。随分、前の話ですが、子供が幼稚園の頃、子供の友達の父親がアメリカ人で、外国語大学で英語を教えていたのですが、日本に来てから、10年以上になるのに日本語がさっぱり話せません。(正直、この人の環境への適応能力を疑いました。)私が、日本語で喋りかけても困った顔をされるので、話さなくなりましたが、私以外の父親は、しどろもどろの英語で、真剣な眼差しで、一生懸命喋りかけていました。そんなに無理して英語で喋らなくても相手は、偉い人なので、通用するのにと思いました。又、大阪の人で、外国に技術指導に行って、「Youな、ちょっとcome hereや。ちょっとそれをPlease until 10 turnsや。」と仰っているのを 聞いて、一生懸命、仕事をしている気の毒な外国人のことも、ちょっと思い出しました。
毛沢東(Mao Tse-Tung)以上に世界的に有名な近代中国の偉大な外交官は、周恩来「Chou En-lai」です。 一度、検索エンジンで「 En-lai Chou」で、調べて見て下さい。検索エンジンで、上位に表示されるまっとうなページは、全て「Chou En-lai」です。 又、日本海海戦で、東洋のネルソンと言われた東郷平八郎を「Togo Heihachiro」と「Heihachiro Togo」で調べて見て下さい。 同様にまっとうなページは、「Togo Heihachiro」で、表示される筈です。 (「Heihachiro Togo」と書いているページは、日本人が無理して英訳したものが多いです。)
どうです世界で通用する偉い人は、姓(名字)を先に言って貰えるんです。外国人に対して、名を最初に言い、その後に姓(名字)を言うのは、勝手ですが、外国の知識人をある意味、侮辱しています。大体、自分の名前を言うのに「My name is Yamada Taro.」と答えて、その後に日本語の名前の呼び方や慣習を説明したりする方が、話題が続きますし、相手も目を輝かせて聴こう(listen)とします。世界人口の数から言えば、名を先に言うのは、少数派なんです。
ジョージ・ルーカス監督のスターウォーズ エピソードIをテレビで見て、この監督が黒澤明監督の影響を強く受けていることが良く解りました。 日本髪を結った女王やかしこまった場所で、裃(かみしも)を来た少年やそう重いとは思えないライトセーバー(電子刀)を両手で、日本刀の様に使用するところを見て、特にそのように感じました。日本刀は、美術品としては、それは素晴らしいものですが、刃に厚みがある為、中国の青龍刀の様に牛の首を一撃で、切落とす程の切れ味はありません。
何故、日本刀は、両手で持つのでしょうか?重いからでしょうか?剣道で、「面」と言って打つ時、何故、打った時にこすり付けるようにして、相手の方向に刃を押し出すのでしょうか?答えは、日本の包丁にあります。刃の磨き方が違うのです。刃を縦磨きするものですから、西洋カミソリと違って、刃先を良く見るとノコギリの様にギザギザになっています。刺身包丁は、手前に引いて切りますよね。実は、これと同じなんです。 日本刀で斬るには、相手に当った瞬間に刃を前か後ろに動かす必要があります。刃が反っているのもこのためです。又、ノコギリ刃の特性で、相手を二三人斬った場合、布で拭き取らないとその脂で、切れ味が極端に落ちると言われています。この日本刀の切れ味(特性)のことをジョージ・ルーカス監督に教えてあげたいのですが、誰か彼のメールアドレスを知りませんか。
学校で、どのような英語教育を受けたのか、私は知りませんが、英語圏の人々を馬鹿にしないで下さい。 彼らは、私達やジョージ・ルーカス監督と同様に、実に好奇心と向学心が旺盛です。どうか、面倒くさがらずに、丁寧に教えてあげて下さい。 その様にして行けば、西洋の慣習を踏んでいるOSであるUNIXやWindowsやMAC等の書式をより計算機的な表現に改めることが出来ます。
計算機的に言えば、左に重みを置く。
7bits系のASCIIコードで、区切り符号をドットで記述する場合、例えば以上の様になっていれば、解り易いのですが、現状は、滅茶苦茶です。 日付が03/02/01となっていれば、現状、2001年3月2日と読む場合もあり、「習うより慣れろ」とは、困ったものです。
計算機で最も高速な言語は、Fortranである。
アメリカ人には、アセンブラ信仰というのがあって、計算機で最も高速な言語は、アセンブリ言語だという間違った認識を持った人が います。徹底的にハードウェアに対して最適化されたFortranが生成する実行ファイルは、人間様が書いたアセンブラソースリストから コンパイルして得られる実行ファイルより、少なくとも1割(かなり控えめな表現)以上は、早いのです。これを知っている賢明な皆さんでしたら、このコンピュータ用語辞典のサイトの様な軽率なことは、書かないですよね。普通にC=C+1と書くと、C++のインクリメント命令と同じにしないC言語とは違って、Fortranは、今でも通用する高級言語なんですね。
これから、世界共通の認識を持つことが出来るように徐々に変えて行きましょう。どんどん我々の意見を世界に向けて発表(発信)しなければいけません。 そのための最適な道具として、インターネットのウェブページがあるのですから。
2002年12月、親戚の結婚式に出席するため、1泊2日で鹿児島に行くことになりました。普通はビジネスホテルに泊まるのですが、結婚式場のある一流ホテルに泊まることになりました。何かあるといけませんので、土曜日の朝早く大阪を出発したため、時間をもてあまし、部屋に備え付けの本を暇つぶしに読むこととなりました。本といっても仏教本(お釈迦様の言語録?)とキリスト教関係の聖書の本の二冊です。ビジネスホテルには、よく聖書がおいてありますので、仏教本を読むことにしました。と言っても聖書を読むときと同様、不謹慎にもその目的は、「寝ること」にあります。
誤解のないように、あらかじめ申し上げますが、私はここで仏教を布教しようとしているのではありません。どこかで、お聞きになったことがあるとは、思いますが、私は、
という、ごく平凡な(典型的な)日本人です。要は、宗教に対しておおらかな思想の持ち主だということにして下さい。 私が読んだその本のお釈迦様の言葉にちょっと魅力を感じましたので、ちょっと紹介致します。
私は、宗教には詳しくないので、細部は間違っているかも知れませんが、インドのブッダ(釈尊または釈迦牟尼=釈迦族の聖人の意)の説いた教理の中に「因縁」(内因・外縁とも言う)という言葉があります。これは、「結果は、因と縁によって生じる」という思想です。
参考URL: http://www.mahoroba-web.net/HAN-001.html
現在の結果は、過去の因縁により生じ、将来の結果は、現在からの因縁により生じるということになります。勿論、生まれながらにして、人の一生が決まる運命はないという思想です。誰でも努力すれば、将来は明るいと言えます。
話が変わりますが、「輪廻転生(何度も生まれ変わる)」という思想もあります。この輪廻転生と因縁を組み合わせて、現在の不幸な結果は、前世に生きていた時の悪い行いを原因(因縁)として生じたと言うマイナス思考をする人もいるようです。そんなこと言われてもねぇ。お釈迦様が聞いたら、何と言われるでしょう。
結論としては、自宅サーバーに関する私の掲示板での話題に強引に持って行きたいと思います。以上のような因縁の論法で、私の掲示板に不具合内容が投稿される場合を分析しますと、「不具合の原因があるから、不具合の結果が生じる」という至極、当たり前の一般論となります。 私の掲示板に不具合内容が投稿される場合は、大雑把に因縁を言いますと、
等です。一方、私の掲示板で、問題が解決される場合は、これも大雑把に言いますと、
ということになります。ここで、敢えて付け加えますと、
私の掲示板が自宅サーバー構築に関する不具合の問題解決の場を提供し、縁が結び、問題解決が出来れば、この上ない喜びです。インターネット環境における掲示板という双方向の会話手段において、不具合が解決される様子は、まさに因縁だと実感しました。我々初心者には、メーリングリストよりは、掲示板の方が参加しやすいのかもしれません。
2000年以上も前の因縁という思想論を持ち出して、ここまで説明できるとは、思いもよりませんでした。やっぱり、お釈迦様は、偉大です。インド人の方を見ますとお釈迦様の姿を想像してしまいます。でも、前世の因縁という話をする人がいたら、ソッポを向きますので、あしからず。
たったの1ページしかなかった2001年6月当初から、20ページに分割した2001年8月頃までは、私のWebページに来られる方は、最初のトップページから、最後のページまで全部読まれていると考えられました。Windowsの自宅サーバーの解説サイトが少なかったせいもあります。
2001年末頃になると、1回のアクセスで読みきれる文書量ではなくなりましたし、アクセス解析を行っていると、検索エンジンから来られて、見当違いだったのかもしれませんが、1ページしか読まれない方も数多くおられました。この頃のページ数が大体50ページ程度でした。
このようにWebページの文書の量が50ページ以上になった時点から、全文検索システムの導入を検討し始めました。(掲示板のデータの検索の方は、全く考慮していませんでした。)この時点で考えていた検索システムは、Perlで書かれた「とほほのWWW入門」さんの「WwwSearch」です。
詳細は、「全文検索システムNamazu for Win32の導入覚書の項10.おわりに」に示していますが、この頃の状況は、Webページが約50頁でHTMLタグを除くと500Kバイト程度、掲示板の過去ログは、約160ページで約600Kバイト程度でした。(何の躊躇もなく、WwwSearchに決めていたのは、ページの合計が210ページですし、NamazuのCGIの拡張子が「.exe」の実行ファイルであるというセキュリティ上の理由からでした。)
結局、2003年1月に掲示板の過去ログだけで、約1300ページになり、約7.1Mバイト程度に増大したため、2003年1月28日に「全文検索システムNamazu for Win32」を導入することになりました。
以上の経験から、高速な全文検索システムやデータベースシステムを導入する場合、どの程度の管理の員数から行ったら良いのかが、わかりました。(高速検索の管理数の分岐点)私の個人的な感覚では、管理データ数が257~513以上になると、2分検索(binary search)が容易なこれらの高速なシステムを導入すべきだと結論を出しました。(普通の個人のサイトでは、高速なデータベースシステムの必要性はないとは思いますけど。)
私は、現在「鷹の巣」の自宅サーバーと自宅サーバーWebRingの2サイトの管理をしています。WebRingの方の管理サイト数は、何も考えずに最大400サイトに設定しています。長期的に、しっかりとユーザ管理を行うには、データベースシステムの出来の良し悪しと何よりも管理の省力化だと考えるのですが、プロバイダのCGIで動作していますので、本格的なデータベースシステムを導入できる訳ではありません。しかし、データ検索が多い訳でもなく、自作のCGIが設置できますので、管理の省力化が出来れば、それで良いと考えています。
本題に入りますが、管理の省力化が必要な管理数の分岐点は、どの程度なのかが気になるようになりました。逆に言いますと、人手で管理可能な管理数の限界は、いくつかと言うことです。それは、「自宅サーバー稼動検査サービス」(2003年3月31日終了予定)を行っていて、利用者数が50人以上になった時点から、管理の省力化の必要性を認識したからです。(私がフリーソフトの使用方法を間違ったことが原因でした。)
この管理数の限界は、保守時間や年齢とも関係して人それぞれだと思いますが、一般的にはどの程度なのかということです。しかし、ここまで書いてきて、ようやく結論めいたものを見つけました。それは、インターネットのWebページを読んでいた時の全く関係ない数値の提示から、ひらめきました。
アクセス向上にアクセクしない方法に真壁尚志氏の引用があり、「1日のアクセス数が25人前後で小市民、50人以上のWebサイトは、成功者」だと書いてありました。ただし、このWebページを書かれた時点は、「平成10年9月中旬から約3カ月半」という表記があるので、現在はどの程度だろうということで、下表の補正を行ってみました。使用した数値が推定値だらけで、これから更に推定する訳ですから、54人という結果は、全く信憑性のない誤差を含んだ数値です。あくまでも、1つの目安として、以前と状況は変わっていないということが言えると考えます。お叱りを受けるのを覚悟してあえて書きますと、「2002年3月末現在でも、1日のアクセス数が25人前後で小市民、50人以上のWebサイトは、成功者」ということになります。ここでも50という数値が出てきました。
| 比較項目 | 1998年(平成10年) | 2002年(平成14年) | 補正 計数 |
出典 | 備 考 |
|---|---|---|---|---|---|
| インターネット人口 | 6月で、905万人 | 3月末で、2831万人 | 3.13 | NMDAインターネット人口調査 | プロバイダ会員数の推定値。 |
| 日本語Webページ数 | 7月で、3674万台 | 1月で、14734万台 | 0.249 | ISC Internet Domain SurveyのHosts数 | 推定Webページ数不明 の為、ホスト数で代用。 |
| インターネット利用時間 | 高速回線0%と仮定 | 高速回線は27.7% | 1.39 | Web Magazine | 高速回線の人は約2.4倍 |
| 1日のアクセス数 | 50人 | 54人(=50人×1.08) | 1.08 | 計算結果 | 推定値から推定値を推定。 |
偶然見たWebページから助けられた形になりましたが、人手で管理可能な管理数の分岐点は、私の場合、最大で50とすることに決めました。そして、管理が行き届く数は、25とすることに決めました。はっきり言って、この数字には何の根拠もありません。個人差で、極めて変化する数値だと考えますし、年齢とともに下がっていくのではないかとも考えています。
そう言えば、年賀状の宛名書きの枚数についても言えると思うのですが、私にとっては、50という数字は膨大であり、どうしてもパソコンを活用して管理しなくてはならない分岐点の数値となっていました。まとめますと、
他にも沢山あると考えますが、以上が私の下した人手で管理可能な管理数の結論です。皆様の場合は、いかがでしょうか。50という数値は、少数と言えるでしょうか。
この雑学を扱うページを書くのに色んなWebページを閲覧して書くようにしています。Webページを閲覧すると、他のサイトのWebページを複写しただけの盗作WebページがGoogleの検索結果で上位に表示されたりします。
そこで完璧ではありませんが、他のサイトのWebページを複写しただけの盗作Webページを見破る方法の一例をここに示します。盗作Webページにはリンクしたくないですからね。原作Webページにリンクしてあって、その内容をより詳しく解説したり、原作から発展した内容が加味されていると嬉しいのですが。
Server Header CheckerでURLを入力して、Last-Modifiedを調べてもページの更新日しか見れないので、 Internet Archive Wayback MachineのサイトでURLを入力して、保存日の日付の古い方がまずは原作であろうと判断することにします。このWayback MachineのWebページは、Katsuyuki Kobayashi's HomePageさんより教えて頂きました。 書式は、URLの前に「http://web.archive.org/web/*/」を追加して、「http://web.archive.org/web/*/http://www.example.com/~user/page.html」と書き替えてアクセスするだけでも、保存日を調べることが出来ます。
尚、提携関係にあるサイトや作者が同じである場合もありますので、盗作Webページでない可能性もあります。また、Internet Archive Wayback Machineのサイトに保存されにくい場合もありますので、盗作ページと最終的に判断するのは、メールや掲示板等での確認も必要です。 また、Webページが保存されていなくても、リンクしているWebページのInternet Archive Wayback Machineの保存ページで確認できる場合もあります。 以下に盗作Webページの例を示し、原作ページの検索順位を上げるために、原作ページの表題に検索語を付加してリンクしました。
諺(ことわざ)の「雄弁は銀、沈黙は金、饒舌(じょうぜつ=おしゃべり)は銅」については、2002年6月27日に保存されている「沈黙は金、雄弁は銀~情けは人の為ならず」が参考になります。
2003年4月29日に保存されている『沈黙は金 雄弁は銀 ~「沈黙」よりも「雄弁」の方が優れている~』(http://www.clovernet.ne.jp/~tsuka_m/ikuji/right/mame06.htmlは、2004年7月17日に削除された。)は、盗作Webページでした。詳細は、掲示板No.16758 盗作Webページを発見。投稿者:鷹の巣に書いてあります。
また、1999年11月4日に保存されているオンライン文集 オリエント幻想 (6)の金銀(1994年11月24日)からコピーした多くの盗作ページを見つけることが出来ました。
大根のぬか漬けの沢庵(たくわん)は、2001年2月16日に保存されている「沢庵和尚と沢庵漬け~信仰―法話コーナー(1999年12月)」が参考になります。
2002年7月25日に保存されている「つけもの豆知識 つけものの歴史」(http://www.kohseis.co.jp/club/info/info9.htmlは、2004年7月22日に削除された。)は、盗作Webページでした。
例として掲載させて頂いた盗作Webページの管理人の方は、盗作【言いがかり】対策室とそのリンクもご一読願います。トップページに盗作していた事実の明示と盗作行為の謝罪文へのリンクがある場合に限り、掲載例は1年以内に削除することに致します。
このページでは、電子情報として公開されているWebページ間の盗作だけを扱っています。紙媒体の出版物からWebページへの盗作やWebページから出版物への盗作(例「剽窃」事件の顛末等)に関しては、他のWebページをご参照願います。
人から物をもらったり、親切にしてもらったら、お礼を言いましょう。他のサイトのWebページや本を読んで影響を受け、自サイトにWebページを作成した場合は、出典(参考にした他のサイトのWebページや本)に対してお礼を言いましょう。
お礼を言うということは、そのWebページがすぐに読めるようにリンクを入れたり、本がより多く売れるように題名・作者名・出版社名・出版日・参考ページを明示するということです。これらは、あまり難しく考えなくても常識的に判断ができます。 出典の明示とリンクを行っていても常識的にしてはならないことを大まかに言いますと、
ということになります。参考にしたWebページの消滅や参考本の絶版等の例外を除き、全文引用(転載)はもっての他です。基本的には、転載許可を取っても全文引用(転載)のWebページを書くべきではありません。 盗作(泥棒)と言われるのは、参考にしたWebページや本が読まれなくなって、お礼ではなく損害を被(こうむ)っているからです。お礼をちゃんと言っていれば、盗作Webページにはなりませんよ。
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